TOP


 

 
 
 
 

 
r a k u e n o h

 
 
 
 

scince 1991
Theater Company in TOKYO

  楽園王

 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

夢とは・・・、
夢とは、叶うのが困難であることが言葉の意味に隠れている。
そのことは、夢という字が使われる時の用例を数多く上げるとよく分かる。
夢が叶ったという話はなかなか出てこない。
なかなか? いや、ぜんぜん、ではないのか。
正直に申し上げるなら、
夢は叶わないものだと言ってしまっても良いだろうと思っている。
夢は叶わない。
そう思って話を続けよう。
ヤツは手に入りはしない。
決して。
もしかしたら、過去に夢が叶ったエピソードを語る人もいるとは思うが、
話を詳しく聞くと、
それが勘違いだったとひっくり返るに違いないと私は思っている。
夢なんてものは、幻想の分野なのだから仕方がない。
幻想。
幻を想う。
ああ、なのに、多くの人が夢を叶えたいと願う。
願うばかりではなく、場合によっては努力さえし始める。
長い間努力を重ね、その夢が叶わないのを考えると大変に気の毒だ。
どうせ叶わないのに、だ。
これは、そういう風に出来ているのに。
もし夢が破れたと落ち込んでいる人がいたら、行ってそれが普通なのだからあまり気にしない方が良いと教えてあげたい。
夢とは、そういうものだと。
だから夢なんて最初から見ないに越したことはないと私は思う。
すでに見てしまった人には何の慰めにもならないが、
今からでも遅くはない、夢なんて見ないと決めたら良いと思う。
多くの先人が、それをそういう風には大きな声では言ってこなかった。
だから、私から、なるべく遠くまで聞こえるように大きな声で言っておこうと思う。
夢は見ないに越したことはない。
ない!
それを手に入れる努力も時間の浪費だからやらない方がコスパが良いと思う。
それが、夢に関する私からのアドバイスだ。
 
じゃ、だからと言って、何もしないでボーっとしてろと思っているわけでもない。
何か、は、したら良いと思う。
何か、夢以外の、まあ夢ってほどではない、例えば手に入る目算が立つ、努力の方向性や達成が分かる、そんなことをやったら良いと思う。
考えるに、その数は多い方が良いのではないか。
質よりも量って諺もあった気がするし、いっぱいが良い。
もしくは、何か得体の知れないようなこと、をやったら良いと思う。
達成とかそういうこととは違う、
手に入るとか叶うとかの言葉では言い表せない、
何か得体の知れないようなことを。
それはきっと面白いに違いない。
とにかく変な事なのだ。
自分も笑っちゃうが、周りも笑っちゃう、そんなことを。
人の一生は、歴史や宇宙とかからすると糸くずみたいに小さい、が、
それを生きる個人にとってはなかなか長いと言えると思う。
いくら夢が叶わないとしても、何もしないには退屈だし、飽きて詰まらないし、簡単な事や、変なことに時間や労力を費やせば良いんじゃないかと私は考えてみた。
 
手に入る、という意味では、夢ではなく、それこそ現実的な・・・
 
僕は楽園王という劇団をやっていて、もう35周年になるのだけど、
ここまで続いたのには、演劇が得体の知れないことだったからだろうと振り返る。
僕はここで、何か、夢みたいなものを見た記憶がない。
ただ、ふらっと始まり、ただ、やめなかったので今も続いているだけなのだ。
認識としては、向こうから飛んでくる球を打ち返してきただけで、こっちから球をサーブしてはいなかったように思う。
自分の勘みたいなものを簡単に信じたりして、あまり深く考えずに舵を切ってきた。
自分の近くにいる人の中には、努力してきたじゃないか、と思われる方もいるかも知れないが、それは誤解なのだ。
ある意味、一生懸命やってきてはいるが、それはもう仕方がなく、必死に一生懸命やらないと問題がクリアできない場面に出くわしたりしたからで、崇高な自主的な努力なんてものとは真逆だ。むしろ、そんな目に遭ってるのは自分の舵取りが失敗していたからであって、反省すべきことなのだ。
それは素直に反省しようと想う。
苦労するのは自分自身だし、それは普通に嫌だし、一人では出来ない演劇というものだから、その時々の仲間には迷惑をかけることもあるので、同じ失敗は、もう、なるべく、なるべく、って思うけど、あの、ごめんなさい。
 
でも、成果を逆算してその為に頑張るとか、それはもう本当、そういうのは勘弁してほしいと思う。どうなるか分からない、自分でも吃驚する何かに向かって、この「行為」をやって行きたいと思っているのだ。
夢は見ない。
ここは、これは紛れもない現実だ。
出来ることを着実に、淡々と、場合によっては一生懸命にやって行って、まあ35周年も終わるのでしょう。幾つかの予期せぬ達成と、ああ、また変な事やったなぁって思いだけを胸に。時々、すごいこと(あくまで当社比)をやったりするので、この年がそうなったら良いと考えたりはしてるけど。
挨拶が最後になりましたが、あらためまして、どうぞよろしくお願いいたします。(楽園王・長堀博士)
 
 
 

 
 
 

最新の活動

  
 2026年の楽園王35周年について、情報がUPされています。第1弾は、1月@下北沢駅前劇場にて、最新作の『雁作・銀河鉄道の夜』を上演!! 
>>
 
  毎月4日と6日に、劇団の枠を越えた稽古の為の稽古の場として、青学第18期のワークショップデザイナーを履修した長堀博士がファシリテーターを務めて「通常稽古46」を開催しています。
>>
 
 

楽園王とは?

 

RAKUENOH

ようこそ、楽園王のホームページへ。

Welcome to RAKUENOH

楽園王は、1991年に劇作家の長堀博士が自作を自身の手で上演するためにスタート。「エッシャーの絵の中に紛れ込んだよう」と評される作風が評価されてきた。その後10年を経て、劇団としては古典戯曲や文学作品も上演するようになり、「利賀演出家コンクール」での注目から、長堀博士も演出家としての側面が強くなった。「戯曲=詩」の考えから、独特の、音楽的な台詞運びの不思議な雰囲気の舞台を上演している。活動は、都内での公演が主流だが、地方のフェスへの参加など積極的に行い、これまで30年以上、日本の舞台演劇の世界の第一線で活躍している。